名古屋地方裁判所 昭和22年(ワ)280号 判決
原告 兼松熊次郎
被告 横井煌
当事者参加人 福岡県農業会
元原告補助参加人 農林中央金庫
一、主 文
被告に対する原告及び当事者参加人の請求は何れもこれを棄却する。
訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は原告、当事者参加人と被告との間に生じた分は当事者参加人の各負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「別紙目録<省略>記載の物件が原告の所有であることを確認し、且つ、被告は原告に対し該物件を引渡せ、若しこれを引渡すことができないときは該物件の時價相当金員を支拂え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに物件引渡及び金員支拂の部分につきいずれも仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十年四月三十日被告先代亡横井孝至との間に同人所有の別紙目録記載の物件につき賣買契約を締結し、代金二十万円の支拂と引換にその引渡を受けたが、当時名古屋市は空襲の危險があつたので比較的安全な津島町所在の被告先代の倉庫にこれが保管方を依頼したところ、同人もこれを承諾して即日本件物件を受取つた。而して被告は同年五月二十日被告先代の死亡により同人の家督を相続したが同年八月十五日終戰と共に空襲の危險もなくなつたので原告はその後間もなく被告に対しその返還を請求し、被告においても最初のうちはその引渡方法等の打合せに應じていたところ次第に本件物件が値上りしたなどのためか被告はこれを横領しようと企てたものの如く、種々言辞を構えて右賣買契約の成立及び本件物件の原告の所有権を爭い右返還請求に應じないから、原告は別紙目録記載の物件が原告の所有であることの確認を求めると共に被告に対し寄託契約上の返還請求権に基きその返還を求め、若しこれに対する強制執行不能のときは履行に代る損害賠償として右物件の時價相当金員の支拂を求めるため本訴請求に及んだ。仮に寄託契約上の返還請求権に基き右物件の返還を求める第一次的請求が認められないときは、原告は被告に対し所有権に基き同物件の引渡を予備的に求めると述べ、被告の答弁に対し(一)の主張事実並びに(二)及び(三)の各抗弁事実を否認する。尤も原告訴訟代理人田島好文は昭和二十三年五月二十七日午前九時の本件口頭弁論期日においてこれを何れも認めたが、右自白は原告訴訟代理人田島好文、被告訴訟代理人及び訴外内山憲治が通謀して原告を敗訴に導く代りに被告は静岡銀行名古屋支店長である右内山に対して金百五十万円を贈與せんとの考えの下になされた眞実に反するものであることは裁判上顕著な事実であり、裁判所に顕著な事実に反する自白は効力を生じ得ないから右自白は効力がないばかりでなく、原告は昭和二十二年十月より当事者参加人に対する詐欺被告事件のため福岡拘置所に勾留されていたが、昭和二十三年九月十四日病気のため執行停止処分を受けて名古屋市に帰つて始めて田島代理人の右背任行爲を聞知し、その対策を研究の上昭和二十四年一月五日背任行爲を理由として田島代理人を解任し、新に鈴木貢、原田武彦の両名に本件原告訴訟代理人を委任し、同年三月四日午前九時の本件口頭弁論期日において、鈴木代理人を通じて曩に田島代理人のなした右自白を取消したが、これは畢竟訴訟代理人の事実上の陳述を当事者が直に取消した場合に該当し、田島代理人の右自白は効力を有しない。仮りに然らずとしても右自白は眞実に反し且つ錯誤に出たものであるからこれを取消すと述べ、尚本件賣買契約成立の事情として原告は昭和二十年四月上旬頃右内山から工業藥品、合成染料の賣物があることを聞知し、更に同人を通じて賣主は被告先代であり、品物は別紙目録記載の物件であることを知つたが被告先代の賣渡希望價格四十八万円(後になつて判明したことではあるが被告先代の希望價格は実は二十万円であつたが仲介をした内山等において擅にこれを四十八万円までつり上げ、原告は内山から四十八万円と聞いた)では統制價格に違反し所謂闇取引となるので原告は内山と相談の結果軍需省物價査定委員会の價格除外令に基く價格査定を仰いだ上統制價格を越える正規の例外價格を以て、海軍第一衣料廠に買上げて貰うのが適当であると考え同委員会に一應当つてみたところ四十八万円を遥かに越えるということであつたので同委員会に正式に申請しその手続を進めていたが空襲の爲その手続は容易に進行せず、被告先代においては、空襲の激化に伴い本土決戰の声が高まるにつれ原告に対し本件物件の賣買契約の至急完結及びその履行方を迫つたので原告は止むなく被告先代の希望價格四十八万円で買受けることに意を決し内山に四十八万円を交付した。而して内山は同月三十日原告代理人として被告先代方に赴き被告先代代理人立松義功に対し右四十八万円のうち二十万円を交付したので原告は右代金の支拂と引換に本件物件の引渡を受けここに本件賣買契約は完全に終了したと附陳し、当事者参加人の主張事実全部を認め、これを凡て利益に援用すると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は原告及び当事者参加人の請求につき主文第一項同旨並びに訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告及び当事者参加人共通の主張事実の中原告主張の日被告先代が原告より二十万円の交付を受けたこと、被告が原告主張の日被告先代の死亡によりその家督を相続したこと、終戰後被告が原告より本件物件の返還請求を受けたこと、しかるに被告は原告主張の賣買契約の成立及び本件物件の原告の所有権を爭いその返還請求に應じないことは認めるがその余の事実は全部否認する。
(一) 被告先代は横井製絨所なる商号を用い大規模な工場を所有し、毛織物の製織、染色、整理加工の事業を営んでいたが、被告先代工場が昭和二十年三月二十八日軍需品増産工場として賃貸借の形式を以て日本陸軍に接收されるところとなるに及びその業務用必要欠くべからざる資材である工業用藥品、合成染料等も不用となり手持残品となつた本件物件も他に賣却しようとしたが、本件物件はいずれも統制法規の定めるところに從い統制機関から事業用重要資材として割当配給を受けたもので軍官用に供せられる場合その他主務官廳の許可がある場合の外は何人も自由に讓渡し又は讓受けることができなかつたので被告先代は本件物件につき軍需省物價査定委員会の價格除外令に基く價格査定を仰いだ上統制價格を越える正規の例外價格を以てこれを軍需物資として使用する海軍第一衣料廠に買上げて貰うに如かずと決意し、その方面の事情や手続に明るい原告に一切の合法的な処置を委ね、原告との間には同委員会の例外價格が決定されたとき又はその額がほぼ判明するに至つたときに被告先代が受領すべき受渡價格を協定しその協定額と決定額との差額を原告において利益として收得することを契約したが、從來の例によれば軍へ納入した物品の代金の支拂は遅延するので被告先代の受領金は静岡銀行名古屋支店が一時立替拂いをすることとし、同支店長内山憲治がその立替金確保のため利害関係人として右契約に参加することとなつた。而して原告、被告先代及び内山の三者間の右合意はこれを覚書として書面に作成し三者各一通を保存することとなつたがその際被告先代の受領すべき手取金は一應二十万円と協定し、被告先代は同支店から該金員を立替拂を受けること、本件物件の受渡しは正式に海軍第一衣料廠の買上げ手続が完了した上で実行すること、それまでは便宜被告先代において原告名義の火災保險に附し保險証券は内山に預けておくこと等を協定した。その後昭和二十年四月三十日被告先代は内山から同支店発行の額面金二十万円の小切手一通の交付を受けたので、内山が同時に持参した前記趣旨の記載された覚書に調印すると同時に海軍第一衣料廠から物件を引取りに来るまでの保管の責任を明確にするため該覚書添付の物件目録の末尾に本件物件の預り文言を附記したのであつて、当時における原告及び被告先代の意思は海軍第一衣料廠に買上げて貰うことを離れて單純に原告と被告先代間において賣買したのではなく、本件物件が海軍第一衣料廠に買上げて貰えることが確定した上本契約を締結する心算りで本件物件の賣買に関する予約を結んだのであり、原告においては右予約に基き正規の手続を経て海軍第一衣料廠に買上げて貰う諸手続を進めていたところその成果を納めないうちに終戰となり該手続は実行不可能に陥り、被告先代が原告と締結した右予約は遂に完結するに至らず本契約は不成立に帰した。
(二) 仮りに原告と被告先代間の右協定が賣買の予約でなく本契約であつたとしても前記の如き事情に基き該契約は海軍第一衣料廠の買上げ手続の完了を停止條件とするものであつて、該條件は前記の如く不成就となつたから本件賣買契約は遂にその効力を発生し得なかつた。
(三) 仮りに然らずとしても、本件賣買契約は輸出入品等に関する臨時措置に関する法律又は国家総動員法並びにこれらの法律に基く配給統制法規に違反してなされたものであるから、強行法規に違反して無効であるから公序良俗に反して無効である。
(四) 仮りに然らずとしても被告先代は所謂闇取引をする意思は更になく、原告の手を通じて海軍第一衣料廠に買上げて貰えば原告との間の取引は合法化されると考えて居り、原告が海軍第一衣料廠え買上げて貰うと確信していたから原告に対し本件物件を賣渡す意思表示を爲したのであつて、被告先代としては原告が本件物件を海軍に買上げて貰うことを以て右賣渡しの意思表示の内容の主要部分となし、これらの点につき錯誤がなかつたならば右賣渡しの意思表示をしなかつたのであるから本件賣買契約はその要素の錯誤によつて無効である。
(五) 仮りに然らずとしても、本件賣買契約締結に際して原告の代理人を務めた内山は原告から被告に交付すべき代金として四十八万円を受領し乍ら、被告先代に対してはその事実を秘し二十万円であるかの如く詐言を弄し、因て、被告先代をしてその旨誤信させ二十万円で賣渡す旨の意思表示をなさしめたものであるから右意思表示は詐欺による意思表示というべく、被告は本訴(昭和二十五年二月八日午前十時の口頭弁論期日)において原告に対し右意思表示を取消す。
仍て以上何れの点からしても本件賣買契約乃至寄託契約の成立及び有効を前提として本件物件の所有権或は寄託契約上の返還請求権に基きその引渡を求める原告及び当事者参加人の本訴請求は何れも失当であるというのであつて、原告の前記自白の取消につき異議ありと述べ、当事者参加人の参加の理由として主張する事実を否認し、仮りに然らずとしても被告は本訴において当初から原告の本件物件に対する所有権を否認し極力抗爭しているのであつてこのことは当事者参加人も熟知していたのであるから、斯の如き爭ある権利関係をその儘現実の債務の代物弁済として原告より当事者参加人に讓渡せしめ、從前の債務を消滅せしめるというようなことは到底首肯できないところであるから、右は畢竟、当事者参加人をして本訴当事者として訴訟をなさしめ、その勝訴の結果を得たときはその限度において原告の当事者参加人に対する債務を消滅せしめる旨の信託関係に外ならず、信託法第十一條に違反するから右所有権の移轉は無効である。仍て当事者参加人の本訴請求は既にこの点において失当であると述べた。<立証省略>
当事者参加人代理人は「被告は当事者参加人に対し別紙目録記載の物件(但し硫酸銅六十瓩入五十二袋、酸性白土五十六俵、曹達灰百瓩入百五十六袋は除く)を引渡せ、若しこれを引渡すことができないときは金八百五十六万四千七百六十円を支拂え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決、並びに物件引渡及び金員支拂の部分につき何れも仮執行の宣言を求め、参加の理由として、原告は本件において被告に対し別紙目録記載の物件につき所有権に基きその返還を求め、若し同物件に対する強制執行不能のときはこれに代る損害賠償として本件口頭弁論終結当時における時價相当金員の支拂を求めていたが、原告は昭和二十二年三月十三日頃キヤラコ三万反及びカネキン三千反の賣買契約に名を藉り当事者参加人を欺罔して代金前渡名義の下に当事者参加人より二千五百万円を詐取し、当事者参加人はそのため同額の損害を蒙り、原告に対し二千五百万円の損害賠償請求権を有していたところ、昭和二十四年十月三十一日右債務の代物弁済として原告から別紙目録記載の物件中硫酸銅六十瓩入五十二袋、酸性白土五十六袋及び曹達灰百瓩入百五十袋を除く爾余の物件全部並びに同物件に対する強制執行不能の場合のこれに代る前記損害賠償請求権の讓渡を受け、原告をして被告に対し同年十二月十日附を以てその旨通知せしめた。而して原告は被告先代に対し本件物件を期間の定めなく寄託したのであるから、原告は被告先代の家督を相続した被告に対し、何時でもその返還を求め得べきであり、原告が本訴提起前に既に被告に対し返還を求めているときはその時より、然らざるときは本訴提起の時より被告は返還義務を履行すべきこととなり、本件物件につき原告は被告に対し所有権に基く引渡請求権の外寄託契約上の返還請求権をも併存的に有していたところ、原告は当事者参加人に対し寄託中の前記除外物件を除く爾余の本件物件の所有権を讓渡したことを受寄者なる被告に通知したことは前記の通りであるから指図による引渡により当事者参加人は右物件につき占有権の外に寄託契約上の返還請求権をも取得するに至つた。仍て当事者参加人は被告に対し寄託契約上の返還請求権に基き右物件の返還を求め、若し右物件に対する強制執行不能のときは、履行に代る損害賠償として昭和二十五年一月当時における右物件の時價相当額のうち金八百五十六万四千七百六十円の支拂を求める爲本訴請求に及んだ。仮りに寄託契約上の返還請求権に基き右物件の返還を求める第一次的請求が認められないときは、当事者参加人は被告に対し所有権に基き右物件の引渡を予備的に求めると述べ、原告が当事者参加人に対し本件物件の所有権を讓渡する以前、本件物件につき原告が被告に対し所有権に基く引渡請求権及び寄託契約上の返還請求権を併存的に有していた事情について原告と同旨の陳述を爲し、原告の前記自白の取消に同意し被告の答弁に対し、(四)及び(五)の抗弁は時機に遅れたものであり、仮りに然らずとしても、(五)の抗弁事実の中内山が原告から四十八万円を受領し乍ら被告先代には二十万円しか交付していない事実を認める外爾余の抗弁事実は(一)の主張事実並びに(二)、(三)の各抗弁事実と共に何れもこれを否認すると述べ、再抗弁として、仮りに本件物件が凡て統制法規によりその讓渡を絶対に禁止されて居り、本件賣買契約が統制法規の禁止規定に違反して締結されたものであるとしても、経済統制法規は戰爭遂行のための行政上の取締法規に過ぎないから統制法規の禁止規定に違反して締結されたというだけでは賣買契約は直に民法第九十條に所謂公序良俗に反する事項を目的とする行爲として無効であるとは云い得ない。
仮りに然らずとしても本件賣買契約における原告の意思は一旦本件物件を被告先代より買取つた上改めて海軍第一衣料廠に買上げて貰うことにあつたのであるから、本件賣買契約の効力を認めて当事者の欲する法律効果を発生せしめても公序良俗に反することはない。仮りに本件賣買契約が無効で原告が本件物件の所有権を取得していないとしても、原告と被告先代間の本件物件に関する寄託契約は有効であるから原告從つて当事者参加人は被告に対して寄託契約上の返還請求権は有していると述べた。<立証省略>
原告補助参加人は昭和二十二年十月六日原告を補助するため補助参加の申立を爲し、参加の理由として、補助参加人は原告に対し当事者参加人の参加の理由の項掲記の二千五百万円の損害賠償請求権を有していたところ、訴外田島好文は補助参加人に対し原告の代理人として本件訴訟に勝訴し、原告が本件物件又はこれに代る損害賠償金を取得した場合はこれを補助参加人の右損害の賠償に充当する旨約したので、補助参加人は原被告間の本件訴訟の結果につき重大な利害関係を有するものであると述べ、本案に関し被告の主張事実中本件物件が本件賣買契約当時被告主張の如く統制法規によりその讓渡を禁止されていたとの事実を否認したが、<立証省略>昭和二十三年十月二十八日午前九時の口頭弁論期日において右補助参加の申立を取下げた。
三、理 由
原告訴訟代理人田島好文が昭和二十三年五月二十七日午前九時の口頭弁論期日において被告(一)の主張事実並びに(二)及び(三)の各抗弁事実を認める旨陳述したが、その後新に選任せられた原告訴訟代理人鈴木貢、同原田武彦において昭和二十四年三月四日午前十時の口頭弁論期日において右自白を撤回したことは記録上明らかである。原告は右は訴訟代理人の事実上の陳述を当事者が直に取消した場合に該当し、右自白は効力を有しないと主張するから先ずこの点について考察すると、右自白とその取消の間には約一年足らずを経過して居り、その間口頭弁論期日も数回指定され、事実上口頭弁論が行われたのも四回に及んでいることは記録上明白であるが、原告本人訊問(一回)の結果によれば田島代理人が右自白を爲した当時は原告は福岡拘置所に勾留されて居り、出所後右自白を知るやこれは田島代理人が原告の委任の趣旨に反し眞実に反することを知り乍ら爲したものであるとなし直に田島代理人を解任した事実が認められ、その日時が昭和二十四年一月五日であることは記録上明らかであるから反対の事実の証明のない本件においては原告は少くとも同日までは右自白を取消す機会はなかつたものと認められる。而して記録によれば右一月五日に接着して開かれた口頭弁論期日が同年二月九日午前十時であること、該期日は昭和二十三年十二月十六日午前十時の口頭弁論期日において單独裁判官成田薫から次回期日は昭和二十四年二月三日午前十時と指定告知されていたところ同年一月十日裁判官堀内斉、同小淵連、同辻三雄を以て構成する合議体において本件を合議体において審理する旨の決定が爲されると共に、当事者参加代理人の申請を許容し本件口頭弁論期日を同年二月九日午前十時に変更する旨の決定が爲され、これに基いて開かれたものであること、しかるに該決定は被告訴訟代理人には送達されているに拘わらず原告側には原告本人にも原告訴訟代理人にも送達されていない(原告訴訟代理人として事実上訴訟行爲を行つてきた田島代理人は既に一月五日解任されて居り、一月十日当時は田島代理人差支えの場合出頭したと推察される高木英男及び訴訟委任を受けてはいたが一度も出頭した事実の認められない早川浜一の両名が原告訴訟代理人となつていたが、右両名にも送達されて居らず、その後同年二月一日田島代理人の代りに選任されたと認め得る鈴木貢、原田武彦の両名にも送達されていない)ことが認められるから原告は該期日にも右自白を取消す相当の機会を與えられなかつたものと云わねばならない。尤も記録によれば該期日には原田代理人が出頭した事実を認め得るが、原田代理人が選任されてから該期日までは一週間余りしかなく原告側には該期日の通知がなかつたのであるから、原田代理人が原告と打合す余裕もなかつたことは推察するに難くなく、該期日においても裁判所の構成の変更による型通りの弁論更新手続が行われた後当事者参加代理人においては準備書面に基いて陳述を爲し、書証の提出、人証の申出、記録の取寄などを爲し被告代理人においても人証の申出を爲しているに拘らず、原田代理人は何ら訴訟行爲を爲していない点から考えれば、原田代理人は他の事件で出頭した際偶々本件の期日でもあることを聞知し何らの準備もなく本件口頭弁論期日に出頭したものと推認し得るから、原田代理人が該期日に出頭していた事実は前記認定の妨げとはならない。その他前記認定を覆すに足る証拠はない。而して該期日に接着して開かれた口頭弁論期日が昭和二十四年三月四日午前十時であることは記録上明らかであり且つ該期日において鈴木、原田両代理人の何れか一人が田島代理人の前記事実上の陳述を取消したことは曩に認定した通りであり、原告本人自ら取消したのではないが、同期日においては右取消が爲される前、原告本人訊問が行われ原告本人は当事者参加代理人の問に対し曩に認定した如く田島代理人を解任するに至つた事情を述べ、田島代理人の事実上の陳述が原告本人の意思に反するものであることを強調しているばかりでなく、鈴木、原田の両代理人は原告本人の意思を田島代理人に代つて口頭弁論期日において正確に表明する爲選任されたものと認めるに足るから、事実関係については代理人より本人の方が正確に知識を有する筈だから本人の陳述を尊重しようとする民事訴訟法第八十四條の趣旨に鑑み、右は原告本人が(鈴木又は原田代理人を通じて)田島代理人の事実上の陳述を取消したと認めても差支えなく、畢竟、原告は田島代理人が昭和二十三年五月二十七日午前九時の口頭弁論期日において爲した被告(一)の主張事実並びに(二)及び(三)の各抗弁事実を認める旨の事実上の陳述を遅滞なく取消したものと云うべく、これによつて田島代理人の右自白はその効力を失つたものと云わねばならない。
仍つて進んで本件賣買契約並びに寄託契約の成否について考察すると、被告先代が原告側より昭和二十年四月三十日金二十万円の交付を受けたことは当事者間に爭いなく、該金員が原告が本件賣買契約の仲介をした内山に対し、被告先代に支拂うべき代金として交付した金四十八万円の一部であつて被告先代の賣渡希望價格は金二十万円であつたが内山等において擅にこれを金四十八万円までつり上げて居り、原告は被告先代の賣渡希望價格は内山から金四十八万円と聞いていたので、内山に対し金四十八万円を交付したところ、内山被告先代間においては前記の如く金二十万円ということであつたので内山は被告先代に対し金二十万円を交付したに過ぎないことは証人内山憲治、堀田つぎの各証言、原告本人訊問(一回)の結果によつて明らかであり、同本人訊問の結果によれば右残余の金二十八万円は本件賣買契約の仲介を爲した内山外数名の者が仲介料として分配したこと、原告は当時このことを知らなかつたので仲介の手数料として内山に対し金十二万五千円の謝礼を支拂つたことが認められ、同本人訊問の結果に内山、堀田両証人の各証言を綜合すれば、原告が終戰前後において内山或いは堀田を通じて被告から本件物件の引取方を催促されたこと、終戰後の財産税の申告に際しても原告は本件物件を自己の財産として申告したことが認定され、原告本人訊問(一、三回)の結果に証人田島好文の証言を合わせ考えれば、被告は昭和二十一年夏頃原告側から本件物件の引取りに赴いた際は整理の上引渡すから一週間位待つて呉れと答えたにも拘らずその後一週間位して原告側が赴いた時は本件物件の一部を隠匿して僞物を提供したものの如く、調査の結果そのことが明らかになつたので原告は同年十一月名古屋地方裁判所に対し本件物件の仮処分申請を爲すに至つたことを認めることができる。以上認定の各事実に成立に爭のない甲第一、二号証(原告は甲第一、二号証を全然別個の書類として提出しているが、成立に爭のない甲第三号証によれば本件物件が原告名義の戰時火災保險に附された日が昭和二十年四月三十日であることが明らかでありこの事実に甲第一号証の「本覚書取替しと同時に商品は原告名義にて金五十万円の戰時火災保險に附する」旨の記載とを綜合すれば、甲第一号証が取替わされた日は昭和二十年四月三十日であつたと推定され、この推定を覆すに足る証拠のない――この点に関する内山証人の証言は曖昧であるから措信しない――以上甲第二号証末尾の預り文言が記載された日と同日であつたというべく、又甲第一号証には「附属目録商品」と記載されているにも拘らず何ら附属目録の添附なく甲第二号証掲記の物件が原告の本訴請求物件であり、本件賣買契約の目的物でもあることは当事者間に爭ないところであり、更に甲第一、二号証は契印を以て継続されていたものであることを窺うに足り、これらの事実に立松証人の証言によつて眞正に成立したと認め得る乙第四号証とを合わせ考えれば、甲第一、二号証は元來別個の書類ではなく被告主張の如く一体を爲すべきもので証拠番号を異にして提出すべきものではないと判断する。しかし両号証が被告主張の事実を認定する資料となし得ないことは後に説示する通りである)。成立に爭のない甲第三号証、証人内山憲治、田島好文、堀田つぎの各証言、原告本人訊問(一乃至三回)の結果を合わせ考えれば原告主張の如き経過を辿つて原告主張の如き賣買契約並びに寄託契約が成立した事実を認定することができる。この点に関し、被告は右賣買契約は海軍第一衣料廠に買上げて貰う諸手続完了の上本契約を締結して履行するという賣買の予約に過ぎず、仮りに然らずとしても右諸手続の完了をその効力発生の停止條件とするものであつたと抗爭し、証人立松義功(一、二回)、高取秀雄はこれに吻合するが如き証言を爲し、甲第一、二号証が前説示の如く一体を爲すべきものと判断される以上これを裏書きするものの如くではあるが、右証言は何れも前掲各証拠に比して措信し得ず、内山証人の証言、原告本人訊問(一回)の結果によれば最初は被告主張の如き契約であつたので被告先代の要求に基きその頃即ち昭和二十年四月上旬頃内山において原告と協議の上被告主張の如き趣旨の覚書の案文を作成したのであるが、その後予定を変更して海軍方面とは関係なく原告と被告先代間において賣買契約を締結且つ履行した後においても、該取引が発覚した場合に備えて書面上は右案文の如くしておいて貰い度いとの被告先代の希望であつたので、内山もこれを承諾し被告先代代理人立松において右案文に調印すると同時に同日締結された本件寄託契約を証するために同文書末尾の余白に本件物件の預り文言を記載し、仍てここに甲第一、二号証が作成されるに至つた事実が認められる(本認定に反する証人立松の証言は措信し得ず、乙第四号証は本認定の妨げとはならないばかりでなく、却つて甲第一号証第一條には被告先代は原告から内金として金十万円を静岡銀行名古屋支店預金通帳にて受取り商品受渡完了迄内山に預けおく旨の記載が爲されているにも拘らずこの事実を認めるに足る証拠はなく――この点に関する内山証人の証言は曖昧であり立松証人のそれは一、二回で矛盾しているから措信し得ず――昭和二十年四月三十日被告先代が原告から金二十万円の交付を受けたことは当事者間に爭のないところであるから、右記載は事実に吻合しないものと認めるの外なくこのことは本認定を支持するに足るものがある)から、甲第二号証の物件目録の項は甲第一号証たる覚書の物件目録であると共に甲第二号証末尾記載の預り文言に関する部分の物件目録でもあり、一個の書類の中に物件目録掲記の物件に対する原告、被告先代、内山三者間の賣買に関する覚書(これが所謂闇取引発覚の場合に備えて作成されたものであり、その記載が事実に吻合しないものであることは曩に認定した通りである)と、被告先代が原告に対し同物件を預つたことを約する旨の文書とが含まれていると考えるべきであるから、甲第一、二号証を前認定の如く一体をなすべきものと判断しても被告の主張事実を立証する資料とはなし得ず、乙第三号証が眞実に反するものであることはこれを作成した内山憲治自らが証言するところであり、その他前記認定を覆して被告の主張乃至抗弁事実を認めるに足る証拠はない。
仍て進んで被告の本件賣買契約は統制法規に違反して爲されたものであるから無効であるとの抗弁について判断すると、立松証人(二回)の証言によつて眞正に成立したと認められる乙第十九号証、同証人(一、二回)、高取証人の各証言によれば、被告先代は横井製絨所なる商号を用い大規模な工場を所有し毛織物の製織、染色、整理加工の事業を営んでいたが、被告先代工場が昭和二十年三月二十八日軍需品増産工場として賃貸借の形式を以て日本陸軍に接收されるに及びその業務上必要欠くべからざる資材である工業用藥品、合成染料なども不用となつたこと、本件物件はその時の被告方工場にあつた合成染料及び工業用藥品の使用残品全部でその数量は被告方購入量の約一ケ月分に相当するものであることが認められ、この事実に成立に爭のない乙第五乃至第十五、第十八号証、前掲各証言及び証人石原由一、加藤重夫の各証言を綜合すれば、本件物件中合成染料は被告先代工場において右業務に関し使用する目的をもつて日本合成染料販賣株式会社或いは愛知縣染料工業藥品小賣商業組合より讓受けたものであり、爾余の工業用藥品なども亦被告先代工場において統制機関から割当証明書と引換えに讓受けたものか、右業務に関し使用する目的を以て統制機関から讓受けたものであることが認められるから、個々の物件につき反対の主張立証なき本件においては、本件物件は凡て国家総動員法、物資統制令及びこれに基き発せられた昭和十七年七月十六日商工省令第五十三号、合成染料等需給統制規則昭和十五年三月十五日同省令第十六号ソーダ工業藥品配給統制規則昭和十八年二月二十二日同省令第十号カリ塩配給統制規則等により軍官用に供する場合その他主務官廳の許可がある場合等法定の除外事由がない限り何人も自由に讓渡し又は讓受けることを禁止されていたものというべく、しかも本件物件の讓渡し又は讓受けに関し法定の除外事由のあつたことについて何ら主張も立証もないところであるから、本件物件の讓渡し及び讓受けを目的とする本件賣買契約は右統制法規に違反する事項を内容とする行爲であると考えられる。而して国家総動員法及びこれに基く右統制法規は支那事変後その完遂のため軍需、民需に必要な合成染料、工業用藥品等の需給関係を調整し国家経済を統制する目的を以て制定せられた法規であるから、これに違反して該物資を讓渡し讓受けるが如きは国家の統制秩序を破壊するばかりでなく、ひいて右統制下にある国民の経済生活を紊る行爲であるというべく、右統制法規に違反する事項を内容とする本件賣買契約が民法第九十條に所謂公の秩序に反する事項を目的とする行爲に包攝されるべき無効の行爲であることは蓋し多言を要しないところである。從つて統制法規は戰爭遂行のための行政上の取締法規に過ぎないから統制法規の禁止規定に違反して締結されたというだけでは賣買契約は民法第九十條に所謂公序良俗に反する事項を目的とする行爲として無効であるとは云い得ないとの当事者参加人の主張は採用し得ない。又当事者参加人は仮りに然らずとしても、本件賣買契約における原告の意思は一旦本件物件を被告先代より買取つた上改めて海軍第一衣料廠に買上げて貰うことにあつたのであるから、本件賣買契約の効力を認めて当事者の欲する法律効果を発生せしめても公序良俗に反することはないと主張し、原告本人(一回)の供述によればその主張の如き意思を認め得ないことはないが、かかる原告の意思も最初は明瞭であつたとは云え、後には予定を変更して海軍方面とは関係なく單純に原告と被告先代間において賣買契約を締結するに至つたことは曩に認定したところであるばかりでなく、法規上もかかる特別の事情がある場合に備えて本件物件の如き統制物資についても地方長官或いは軍需大臣の許可がある以上これが移動を有効になし得る道を設けていたのであるから、原告においてその主張の如き意思を有していたというだけでは本件賣買契約を公の秩序に反する事項を目的とする行爲から除外し得る理由とはなし得ない。從つて当事者参加人の本抗弁も採用し得ない。そうだとすれば、本件物件の所有権は未だ被告先代に属していたと云わねばならない。
次に原告と被告先代間において本件物件につき原告主張の如き寄託契約の成立したことは曩に認定した通りであるが、本件寄託契約の締結に際して原告代理人内山も被告先代代理人立松も本件物件が寄託者たる原告の所有に属するものであることを單に信じていたという程度ではなく、原告の所有に属することを以て右契約の前提乃至内容としていたことは内山証人の証言、原告本人(一回)の供述によつて推認し得るところであるから、前段認定の如く本件物件の所有権が本件賣買契約によつて原告に移轉していないことを知つていたならば、右内山も立松も本件寄託契約締結の意思表示をしなかつたものと認め得べく、本件寄託契約も亦無効であるといわねばならぬが、当事者参加人は本件賣買契約が無効で原告が本件物件の所有権を取得していないとしても原告と被告先代間の本件物件に関する寄託契約は有効であると主張するからこの点に関し附言するに、受寄物が寄託者の所有に属するものであることは寄託契約の要件ではなく、所有者に寄託を爲すべき利益を有する者もない訳でもなく、受寄者の所有物についても寄託契約の有効に成立し得ること多言を要しないところであるが、所有者に寄託を爲すが如きは特別の事情の認められる場合を除き稀有というべきであり、かかる特別の事情を認め得るに足る証拠のない本件寄託契約は前示の如く無効であると判断するのが相当である。そうだとすれば、原告は被告に対し本件物件につき寄託契約上の返還請求権も有しないと云わねばならぬ。
果して然らば、本件物件が原告の所有であることの確認を求める原告の本訴請求及び本件物件に関し、原告の被告に対する寄託契約上の返還請求権或いは原告の所有権の存在したことを前提とする原告の爾余の本訴請求並びに当事者参加人の本訴請求は何れも理由がないから、爾余の点を判断するまでもなく失当として何れもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五條、第八十九條、第九十四條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 竹田哲 小淵連 高橋正藏)